今どきのキラキラネームはすごすぎる

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Danielle & Lilliyan


twitterで見つけた画像で凄いのがあったのでご紹介します。
120627twitpic
ソース:twitpic

いやー、凄い名前ですね。

本当か?本当かこれ。編集者が勝手に想像して作った名前とかじゃないですよね?

テレビ放送終わったらどうするんでしょうって名前もありますね。


いや、いいんだ。

もし仮にこれが本当だったとして、別に人様の家庭に首突っ込んで、ぎゃーぎゃー言うつもりは全くないんです。

けど、この子らが大人になって、いざ就職しようとしたとき、

面接したり、採用の決定権持ってたりする世代って俺らの世代だぞ?

というお話。


で、なぜこうもキラキラしすぎているキラキラネーム(通称DQNネームとも言われています)がこうも騒がれているかというと、

■採用担当の考え

不思議な名前、読めない名前の人だな。
 ↓
名づけは当然親だろうな。
 ↓
親は子供が大人になった時を見越して名前を付けたのか疑問だな。
 ↓
あ、先のこととか考えてない親なんだ!
その場の雰囲気とか今の状態しか見ないで名前を付けちゃうような人なんだね。
 ↓
じゃぁその親に育てられた子供も同類かな。
そんなのはウチの会社に入れたくないな。
でも書類上は優秀なんだよなぁ。
 ↓
でも、書類上だけなら同じくらい優秀な子がいるな。
この子は至極真っ当(僕らの世代では)な名前だ。
 ↓
はい、じゃぁこっちの読めない名前の子は不採用!

この方程式ができてしまうわけです。

という事を考えると、やはり奇抜な名前って一長一短だと思うんですよね。

「個性だ!」というお話もありますが、果たしてそれは個性といえるのか。

個性ってのは人間性とか、能力とかそーいった部分を伸ばし、秀でて初めて個性になると思うんですが。


ちなみにこの手の話はずーーーーーーーーっと昔からあります。

寿限無

いい例ですね。良かれと思って名前を付けたけど、奇抜で長い名前が災いして子供が死んでしまう話です。
今は子供が死んでしまうという表現がよくないという事で、もっとマイルドな内容になっているようですが。


吉田兼好(1283年頃の人)

寺院の号、さらぬ万の物にも、名を付くる事、
昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。
この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。
人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。
何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ。


お寺の名前や、その他の色々な物にも名前を付けるとき、
昔の人は、何も考えずに、ただありのままに、わかりやすく付けたものだ。
最近はあれこれ考え、自分の賢明さを見せつけようとしているようで嫌味なものだ。
人の名前にしても、見たことのない珍しい漢字を使っても、まったく意味のないことである。
どんなことでも、珍しいことを追求して、一般的じゃないものをありがたがるのは、
薄っぺらな教養しかない人が必ずやりそうなことである。


孔子(紀元前552年)
奇に驚き異を喜ぶは、遠大の識なく
苦節独行は、恒久の操にあらず

新しいことや奇抜なものにすぐ飛び付くのは明らかに素人
誰にも理解されない妙なこだわりを持つ奴も、結局ダメだったりする

というわけで、「昔の偉い人たちも言ってるよ!」という話ではあるんですが、

これ逆手にとれば「いつの時代も古臭い人間が、新しい名前に対してつべこべ言ってくる。そして時代は繰り返す。」とも取れますねー。

でもまぁ前述の通り、この子たちが社会に出るとき、上司もしくは上司のさらに上の上司になる人達の世代はその我々「古臭い人間」になるわけですから、ほどほどにってことですね。

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